日記・コラム・つぶやき
2008.10.18
2008.09.20
ねんきん特別便
2008.06.13
最近の医療現場
一概に「○○期障害」と片付ければ、体調不良も矛に治まり、どんな病気もたいしたことはなくなる。未病の段階で体を診てもらえばの思いから近所の総合病院へ。さて最近のお医者様は近寄りがたい、自分の生命を預ける患者は全幅の信頼を置いている。医者という職業柄厳しくなければならないのはわかる。患者にとって白衣を着ている姿だけでも信頼と尊敬の存在となる。
べつにもみ手で診療してくださいとは言わないけれど、患者の緊張感をほぐすくらいのテクニックも診察には必要ではないのだろうか。過去のデータとパソコンの情報だけで、問診も脈診もなし、顔色さえみない。これってどういうことなのか。
誰も趣味とか、暇つぶし・・・まま、そういう人も中にはいらっしゃるかもしれないが、病院へは極力行きたくないのが人情。目を合わさずに検査結果だけをつらつらと述べて「お大事に」のお声がけさえ顔をみなかった、よほどの人見知りかもしれない。
2008.05.31
歯の治療
ただいま歯科医院に通院中、私の右奥歯は虫歯のため十数年前、三本抜歯したので顎が歪んできている。二年前に治療して埋めたところが外れてしまったので治療して至現在、上の歯一本が虫歯になって憂鬱な歯医者へと足を運んだ。歪んだままだと体全体も歪んでくるので入れ歯をすれば矯正できるということだが、今のところ不具合は、靴の外側が減るという現象に止まっている。ということは内臓器官も正常位置にないということだろうか。肩の凝りや体力減退の原因にもなっているようにも思われる。
よくよく考えてみれば半世紀以上使っているわけだから不具合が出るのは当たり前のことで、今更新品とはいかないけれどメンテをする時期ではある。全体を買い換えるわけにもいかず、パーツを更新させるくらいしか出来ないけれど、今の医療技術は革新的でしかも高価ときている。保険治療内で収めたいところだが、見た目にいかにもパーツを換えました、といわんばかりの保険治療では限りがあるようだ。
かといって、外科手術並の「インプラント」は、私には抵抗がある、高価でもあるし能動的になれない。結局のところは見た目と使い勝手と自尊心は金額の代償で決まるということか。自分の歯で一生終えることができるならば、それにこしたことはない。私の歯は「いい歯です」とお褒めを賜った。ご先祖様、親に感謝です、歯医者に、安易に歯は抜かない、抜かせないこと、歯を削らず一日で治療薬を投与して、その日に治療する歯医者さんも仙台にいらっしゃるとか。でも、通院するには遠すぎる、、、可笑しなときは大口を開けて笑える日はそう遠くないようだ。
2008.02.24
小石川後楽園
二月二十三日の土曜日は小春日和で梅の観賞に後楽園を訪れました。庭園の様式は蓬莱島の中島がある池を中心にした回遊式築山泉水庭、広さは70,847.17平方メートルと言っても、どれくらいか良くお分かりにならないでしょう、ゆっくり回って歩いて約一時間の距離です。ちょうど「梅まつり」の開催中で、梅ノ木の花が七八分咲きでした。シニアのカップルが多く、カメラマンたちが接写したり、三脚は使えないのでアングルを工夫して撮影していました。
何とも長閑で穏やかな花見でした。高層ビルに囲まれ、東京ドームの屋根と、遊園地のジェットコースターの曲路が異次元のように映り、時折、ジェットコースターに乗っている人たちの喚声や轟音が庭園に鳴り響かなければ、ここが都心だなんて周りの景色を見ない限り思えませんでした。
梅の種類はたくさんあって、とても覚え切れませんでしたが、梅は白色の花から先に咲くと聞いたことがあり、白梅がほぼ満開でした。たくさん園芸種が品種改良されたようです。梅ノ木は低木で鼻先に梅の香がほんのりと漂ってきます。
帰り、お茶の水に向かう途中に黄砂のような砂埃(煙霧)とすごい風が吹き、電車まで運行停止。何とか一時間くらい待って自宅に帰れましたが、ニュースでその突風が「春一番」だったと知りました。
2008.01.12
明けまして
初詣へは私はいつも近所の小さな観音堂に参ります。ここは百観音温泉の傍に堂が新しく建立された所、両脇には団子屋と八百屋さんが店開きをしております、元旦から営業しておりましたからご苦労さま。お寺になるので鈴を鳴らすのではなくドラのような鐘を叩きます。
すっぴんでしかもジーパン姿の参拝に神様も呆れてたかもしれません、そしてもう一ついつも甘酒が新年には振舞われるのでそれも目的の一つ、何とも欲張りで煩悩は消え遣らずの体たらくぶり、反省は毎年のこと。
降っても晴れても「日々是好日也」、人は過去にも未来にも生きられない、今ここでしか。‘now here’は‘no where’、過去に傷つくことも未来を案ずることもない。
2007.03.21
2007.03.11
2007.01.29
2007.01.15
・・・欲しいけれど
今年のお正月は、去年と比べれば暖冬であるし、世間の景気も上々で末端の方まで仕事が。私の周辺でも三が日早々から忙しい声を聞いた。友達は年末に量販店に行くと大型スクリーンの液晶TVが飛ぶように売れている光景を目の当たりにして、いよいよ‘地上デジタル波’を実感したよう。我が団地にも光が配信されるようになり、通信環境は整いつつある。大型TVには憧れるがドアを開ければすぐTVになってしまいそうで、物理的に無理とはなから諦めている。それでもアップル社が家電向けの産業に参入して、おしゃれで洗練された商品を売り出すとなると、やはり欲しくなる。ジーッとガマン。(ーー;)忍
2007.01.08
2007.01.02
2006.12.29
2006.12.22
クリスマス
毎年クリスマスの行事が町を飾り賑わいを華やかにしていますが、考えてみればキリスト教信徒でもない人がプレゼントの交換やケーキでお祝いするのを意に介さない日本人の器用さというのか、アバウトというのか、楽しければ好いじゃん的な。。。信徒からすれば不届きな族ということになりますでしょうね。アーメン。かくいう私目も信徒ではございません。
2006.12.11
2006.12.02
モバイル電子決済
モバイルSuicaってご存知でしょうか。あらかじめ登録した携帯でJRの改札にタッチして券売機で乗車券、グリーン券を買わなくても乗り降りできる。携帯でなくてもSuicaカードもあります。もちろん併用して使ってもかまいません。ただし駅に乗った時と出る時をカードと携帯で使い分けることは出来ません。どちらもプリペイド(先払い)なのですが、カードは駅の券売機で、携帯の場合は契約時にカード決済か銀行口座決済を選ぶことが出来ます。JRの乗降に限らずSuicaの契約店での買い物も出来ます。おさいふ携帯としての機能もSuicaに限らず登録すれば使うことが出来ます。サービスが多様すぎて頭が混乱してしまいますが、どちらにしても出費に変わらなく、現金の出し入れがない分、金銭感覚が鈍くなるかもしれないですね。この感覚はお給料が振込みされだしてからのような気がします。カードはスキミングなる悪質な詐欺が横行していますが、その点おさいふ携帯は使える上限が小額で、毎月の電話代請求に使用した金額と明細が送られてきます。その点では安心かもしれません。
2006.11.27
パピヨン
モバイル用に折りたたみ式キーボードが発売されたよう。その名は「パピヨン」。折りたためるからのネーミングでしょうか。USBホスト機能付きPDA(PersonalDiditalAssistants)にも使える。特徴は変換/無変換キーを省き、かな印刷無しの仕様。Esc・PrtSc・ScrLk・Pauseボタンがある。かな変換に慣れている私にとってはどんなものかなー。。。
2006.11.17
マルチタスク
仕事を多岐にわたってこなす仕事人をマルチタスク人間というらしい。マルチタスクとはインターネット用語では「1台のコンピュータで同時に複数の処理を並行して行なうOSの機能。CPUの処理時間を非常に短い単位に分割し、複数のアプリケーションソフトに順番に割り当てることによって、複数の処理を同時に行っているようにみせているため・・・・」とある。例えば電話を受けてパソコン業務をしながら他からの情報を処理する。。。実にマルチですねぇ。だが、一つ一つ片付けるところを、同時に対処するものだから人間の思考は分散して不具合を起こす。これは人間に限らず物も然りですね。温泉でもいって一つのアプリケーションしか立ち上がらないシングルタスクに戻りましょうか。
2006.11.05
平凡という名の非凡
ここ最近、あちこちで不義理をしている。止むを得ない事情というものがあるが、理由付けはそれだけではないと自分の心は知っている。両親の元に生まれてこの方、ごく平凡に生きて来られた。これって奇蹟に近い。日常の中の非日常というものを気が付かないでいるが、平凡の中にこそ非凡はある。何故なら同じ日は二度とない。話がそれてしまったけれど、現象だけの私なら身長○○○cm、体重○○kg、国籍は日本人で、生年月日は昭和○○年○月○○日、賞罰は特になく、趣味は俳句、学歴は、、、を語ることになるのか。それが私か。それなら似たような人はたくさんいる。ひとつひとつの出来事が、それが良いことであれ、悪いことであれ、今の自分に必要なことだったのだと気づく。そして、それは自分自身だけでなく関わってきた人たちにとっても。
2006.10.19
2006.10.11
愁思
秋がだんだん深まってきます。季節の移ろいは人の心に似て留まる所を知りません。たえず変化しつづけます。心の語源はコロコロ。さっき泣いていたのにもう笑っている、という具合。「心から」という言葉はあまり信用してはいけないということでしょうか。「神明に誓って」、こちらの言葉は信用できそうです。この変転し続ける心は今を思いません。過去のことや未来のことであれやこれやと動いています。平常心を保つにはせかされ追われている生活からちょっと離れて、天高い秋空に渡り鳥が飛んでいる風景、色づき錦織り始めた景色、公園で子供たちが遊んでいる光景、立ち止まってそれらに視線を移すときに自分というものを忘れます。日常から離れる行為は日常が変わらないから変わったと感じる。。。なんてことをつらつらと思い巡るのは秋だからでしょうか。
2006.09.06
2006.08.31
字を書く
手紙もワープロが多くなり物を書くという行為、だんだん薄れてきています。まず識字力が低下。読むのはまあまあ、でも、書くのはおぼつかない。最近、脳の活性化ということでゲームが流行っているようですし、テレビもクイズ番組で取り上げられていますね。脳は使わないと廃れてしまうようですから大いに使いたいですが、お手本で下書きされた字を上からなぞる短歌集が売れているそうです。小学生のときに字を覚えるのに教科書で練習した記憶がありますね。これなら楽しみながら字も美しく書ける練習が出来て面白そう。肉筆の手紙は温かみがあっていいですね。
2006.08.16
残暑厳しき折、台風が・・・
お盆明けは雨。気温がグーっと下がると体が楽だけれど今度は湿気が高い。この高低差が四季の移ろいを美しく演出しているのだろうと思う。いつも高原のような爽やかな所で過ごせば、空気も綺麗で絶景ではあるのだろうし、散策もついつい長くなる・・・とは思う。寒暖なく一年中袖の調節がいらない土地で暮らせば・・・とも思う。それを幸せというのか。平凡であることの非凡。求めれば果てがなく、求めなければ道はない。
2006.07.09
2006.06.22
2006.05.29
ブログを始めてから
ブログを始めて二年。最近はMixiなるものに入った。各プロバイダは個々に個性があって一長一短。使い勝手の改善が進んで、容量も映像や音声も投稿出来る様になり、今やGサイズが当たり前になってしまった。技術は日進月歩というがついていく知力も体力も減退気味。負けん気でやっても実質が伴わないので空強気は止めにした。開き直りすると巻き込まれなくなり冷静に判断出来る。便利なのは道具、その道具に使われているようでは情けない。餅屋は餅屋、聞くが聡い。聞いても分からなければインターネットや書籍で勉強する。それでも意味不明なところはお手上げで。そこで諦めるのではなく意識をそこから離すとある時ふとすらすら謎が解ける。人間のやることは矛盾だらけだが、現実は曲がらない。だから解るときがかならず来るのだと思う。
2006.01.04
初詣
三日の日に明治神宮へ初詣。東京に出てきてから明治神宮へは正真正銘「初」でした。冬でも葉が覆い繁っていて常緑樹の枝の末が参道の空を縁取っておりました。さすがに屋台は境内になく参道の脇に特設されていて、帰りの参拝客を誘っておりました。お神酒でもふるまっているのかな、と見渡しましたけど、さすがにこの人出ではそのようなサービスは賄いきれませんね。
2006.01.01
2005.12.19
2005.12.10
2005.12.06
2005.10.18
2005.09.21
2005.09.14
プー
東京へ出て来て初めてのぬいぐるみ。二十歳。幾つになっても‘ぬいぐるみ’を身近に置くのは幼児性の名残りか。女性は抵抗感をあまり感じない。何も言わないけれど、彼らは持ち主の人生を垣間見ている。慰めもし、棄てられもせず、そこにあるだけの存在。
2005.08.31
2005.08.30
夏休み
9/4~7日まで遅ればせながら夏休みをとった。この「シニアの再起動」も七月で一年経ったわけだから、少し、休み休み書こうと思う。長いようで短くも、苦作の日々。後、もう少し句会はがんばるぅー。ゾ。もう少し、モブログをせっせと書こう。50MBのココログ許容量だけど、写真データですでに半分は使ってしまっている。
2005.08.27
2005.08.25
台風
私が小さかった頃、大型台風が関西を襲った。その頃はまだ河川も整備されておらず、雷が鳴ると停電することもしばしば。しかも山の斜面の沿って家が建っていた。岩盤は固かったようだが、台風一過すると国道には山からの大きな岩が転がっていた。それを見てよく私の家は崩れなかったと思った。昭和30年代のことだ。
2005.08.21
エレベーター
最近、地震が多いので、出先で高層のビルでエレベーターを乗るとき、少し緊張する。「地震」の二文字が横切る。私は昔から閉所恐怖症で、幼い頃にヒチコックのスリラー番組を見て、我がことのように恐ろしさで震えた覚えの物語があった。反対に広場恐怖症というのもあるらしい。これってパラドックスなのか。どちらにしても地震が絶対起るという強迫観念の中に住んでいて、自分だけは回避できると思い込む方が不自然なのだろう。
2005.08.19
2005.08.17
友達
友達っていくつになっても「いいなぁ」と思う。それは独りよがりかもしれない。相手の気持ちは知らない。でも、会って話していると嬉しいし、楽しい。そうでなきゃ、一期一会のご縁を大事にして、それっきり。何でも言えて、なんでも聞いてくれて。。。つかずはなれず、踏み込まないけど、見守りたい。そんな存在でありたいね。
2005.08.16
今日の地震
宮城沖の地震は我が家で震度4の揺れ。家の中にいてオロオロするばかり。とりあえず外に出る準備をした。武者震いのように数秒で収まることはなく、割と長い間揺れていた。後の報道で40秒間だったことを知る。今日は午後から気候も不安定で夕立が雨足を斜めに描けるがごとに土砂降り。生きた心地はしない。こういう時は「おまかせ」することに腹を括ることにしている。
2005.08.14
戦争を知らない世代
明日は「終戦記念日」。六十年経ったのだが、アメリカと対戦していたことさえ知らない若者がいると驚いてしまった。戦後教育の成果かもしれない。しかしながら、同じ第二次世界大戦で敗戦国したドイツでは教育を徹底的に行い、因果関係を明確にしている。ヨーロッパの歴史観をEC間で同じ教科書で統一しようとしている。アジア諸国も国体的な解釈に留まらずに、アジア間の関係を同じ批准で考えられないのだろうか。思想の違いや政情の事情が違っても真実は一つのはずなのだから。
2005.08.12
雨が…
久しぶりに大雨のような、注意報も出ているし、でも、午後から本格的に降り始めたが、今は遠雷こそすれ、ほそぼそと降っては止み、止んでは降る。空気は清浄されて気持ち良いが、いかんせん、すごい湿気。湿気がなければ、多少暑くとも快適だと知る。いよいよお盆。関西は旧盆。暑い最中に墓参りのために上京していたことを思い出す。
2005.08.11
夏の陣
郵政の法案が参議院で否決となり、9.11解散総選挙となった。たった一ヶ月の攻防は代議士さんたちにとって熾烈で熱い戦いになりそう。有権者はなんか蚊帳の外のような感じが拭えない。このうだるような暑さにあってコップの中の嵐に巻き込まれたような。それでもコップの水は喉をうるおしてくれるけれど。こちらはねぇ。
2005.08.09
季語
俳句を捻っていると「季語」なるものが17句の中に入っていなければならない。歳時記の春は一・二・三月であり、夏は四・五・六月、秋は七・八・九月、冬は十・十一・十二月、という配分。なので八月の「立秋」は秋の季語になる。この暑い最中に「秋」という感じはまったくしないけれど、暑さ、寒さも彼岸まで。後一ヶ月ばかりで、蝉の声が虫の音に変わっていく。
2005.08.04
2005.08.03
熱中症
知らず知らずのうちに熱中症になっているとか。私の場合はパソコン熱中症かな? 炎天下に長くいた場合、特に高齢者は喉が渇いていなくても水分の補給をマメにする。唇を濡らす程度でもいいんですって。あまりにもボーッと頭がするときは、静かなところで横になって、冷たいタオルで首筋や脇の下、もしくは足の付け根を冷やすと応急処置が出来るそうです。私は就寝時に頭をアイスノンで冷やしています。
2005.07.30
2005.07.28
今度は茨城南部
震源地は茨城南部、わが町は震源地に近いため、震度4だった。ちょうどスーパーのダイエーで買い物をしている時だった。武者震いのような感じでほんの数秒で揺れはおさまった。。。水の貯め置き、非常食、準備をしなければ。
2005.07.27
千葉で36.2℃
今日・明日の熱中症指数
2005年7月27日 6時00分発表 7月27日(水) 発生が極めて多くなると予想 厳重警戒
日本は毎日揺れているのね!
福岡県西方沖 震度1~2 1時32分~1時57分
北海道 羽幌町南3条 震度1 2時42分
yahooの地震情報サイト
2005.07.25
コスモスの種まき
わが町には「コスモスふれあいロード」なるものがある。そこにコスモスの種まきをしませんかの回覧板が廻ってきた。そう言えば、最近、コスモスの花を時折見つけては「今ごろから咲くのか」と思っていた。
2005.07.24
2005.07.21
2005.07.18
海の日
今日は海の日なんだそう。十年ほど前になるのだろうか。「海の日」を作ろうキャンペーンで署名をしたことを覚えている。たしか旅先の鹿児島へ行った時だったような記憶が。やっと梅雨も明けて暑い夏の幕が開く。海水浴へも久しく行っていない。五年前に市民プールへ誘われたくらいかなぁ。そういえば水着って何処にしまったかしら。
2005.07.15
梅雨明け
明日から梅雨が明けるとの予報。今年の梅雨は遅く来てずいぶんと居座っていった。居座るだけならいいが、ずいぶんと暴れていったよう。それでも関東は例年並のようなことを言っていた。無常であることが自然界の理なのに人間の都合ですべてを見てしまう。地球の歴史からすると瞬きにもならないであろうに。
2005.07.13
東京は蒸し寒かった
出掛ける時は細雨が降っていた。傘を差すほどでもないから駅まで急ぐ。「今日は確かメジャーリーグのオールスターの日。」とポツリ頭に浮かぶ。福知山線の事故以降、JRの運行速度は微妙に遅くなったような気がするのは私だけだろうか。上野に着くと売店のスポーツ紙にはイチローのことは書かれておらず、「おやん、今日ではなかったのかな。」と昨夜のニュースを思い出した。用事を終えて地下鉄の売店には「イチロー2安打」の見出し。やっぱし、ヤッタネ♪
2005.07.06
投稿者
英語で contributor というのだそう。私はずっと commenter と思っていた。だが、そのような英語はない。contributes for my web で、私のウェブのために寄与します。となる。これは私のサイトに投稿してください。の意味だろう。ちなみに投稿するは it contributes. comment は コメント としか翻訳されませんでした。commentetor は何でしょね。。。
2005.07.05
2005.07.04
ディープインパクト
昨夜、スターウォーズを観ていたので彗星にあてちゃうところが妙にリアルに思えてしまいました。46億年前の地球と同じ物質を取り出せるとか。7月4日はアメリカの独立記念日でもあったし、NASAの研究責任者は記者会見で発奮しておられましたね。
2005.07.03
小学校の同窓会
「もしもし、突然のお電話で・・・」、それは小学校の同窓会の幹事をしている人からの電話だった。突然のことでびっくりした。私が卒業した年度の総人数は309名、その内三分の一の人が音信不通という。私の連絡先も私の幼馴染が不明者の欄に今の住所を記載してくれたので連絡出来たとのこと。あれから41年があっと間に過ぎ、その間には阪神淡路震災もあった。前回は平成10年に第三回目を開催したのということである。出席の可否の案内状を送るとのこと、関西弁の響きを耳に感じながら懐かしさが込み上げてきた。「お電話ありがとうございました。」
2005.07.02
鍵っ子
私は鍵っ子だった。学校から帰ると鍵は持っていたが、出窓のガラスのすきまから鍵を外したりして遊んでいた。今、考えると背筋が冷たくなる。道を歩けば危険でないのに、わざわざ狭い鉄塀のすきまに足をのっけて、僅かに手をかけられるだけのところで落ちないようにしながら、遊びながら帰った。そう、その頃は遊びだった。何事もなく今までこれたのは幸運といえる。朽ちかけの洋館に押し入りながら面白がっていた。なんとも、寄り道癖はその頃からだったんね。
2005.06.30
夏の禊
今朝は久しぶりに雨音を聞いた。寒いくらいな気温に下がった。六月は末日、明日からは七月。六月は「水無月」とも呼ばれる。そこで調べてみた。
梅雨が明けて水が涸れてなくなる月であると解釈されることが多いが、逆に田植が終わって田んぼに水を張る必要のある月「水張月(みづはりづき)」「水月(みなづき)」であるとする説も有力である。他に、田植という大仕事を仕終えた月「皆仕尽(みなしつき)」であるとする説などがある。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
和歌では「夏の禊(みそぎ)」として詠まれる。形代という白紙で作った人形に名を記して、神官が息を吹きかけ川に流してけがれを祓う。また、茅の輪という茅で作った輪の中を8字に潜り抜けて厄払いをする、といった神社の慣わしとして残っている。
2005.06.29
自転車の点灯
自転車に乗っている人は夜間、どういうわけか点灯しない人が多い。又、鈴を鳴らさず細い歩道を後ろから通り越していく。何故なんだろう。自分の身の安全のためにも鳴らしたり点けたりした方が絶対安全だ。地下道の長い歩道も手前で「自転車は降りて通ってください」の注意があるにも関わらず、「子供110番」の札を籠にかけた人が堂々と乗り過ごしていく。どうなってるんだろ?!
2005.06.28
自分の顔
似顔絵名刺のオリジナル・ファイルを送ってきてもらい、画面一杯にひろがった自分らしきイラストを見ながら、当たり前のことだが、自分の本当の顔は自分では見られない。プチ整形が流行っているらしいが、現実的に自分の顔のパーツを考えれば、細い目を二重に、大きな鼻を小さく、頬のたるみを無くしたい。いろいろと修正したいところは多々あるけれど、「スッピンを見られたくなくて結婚してから素顔を見せたことはない」と言っていた友人もいた。二つとしてない自分の顔ならば、与えられた容貌は天性のものだから、世界でたった一つのオリジナルなんだ。そう思うと愛着も湧いてきてしまう。
2005.06.26
2005.06.25
不審者
「すみません、○の12号棟ってここでしょうか?」「ええ、そうですけど。」「どうも。」会話はそこで終った。ポストは玄関にあるのだが、その前に掲示板に予定表や告示文がピンで留めてある。その中に[警告! 最近、団地内で不審者を見かけます。不審者を見かけた方は警察へご一報ください]
不審者・・・ね。ウッさっきの質問者は私のことを不審者と思われたのだろうか? 確かに服は軽装でサングラスに日よけの黒い帽子、カメラ片手に団地内の花を求めて人の庭先でウロウロ。疑われても仕方がないかぁ。
2005.06.23
シーノ大宮センタープラザ
ここは大宮駅の西口から徒歩10分くらいだろうか。コンコースから階段を下りずに渡り廊下のようにつながっている。シーノ大宮センタープラザというビルの中に「さいたま市生涯学習総合センター」がある。何が素晴らしいかって。インターネット環境も整っていて、プロジェクターも使える。埼玉県民であり団体名で申請し、二週間前に予約すれば無料で借りれる。知ってる知らないでは雲泥の差。
2005.06.20
2005.06.19
蕎麦屋「くろむぎ」
そのお蕎麦屋さんは民家の中にある。対向車が来たら立ち往生するので「来ないでくれ」と頼みながら走る。最寄の駅はJRなら「東大宮」。東武電鉄なら「七里」。JRからだとおよそ徒歩なら25分はかかるという。会合するのでその中のお一人が店主のご友人らしい。夜は予約でないと入れない。敷居が高いようで中は明るくお品代もリーズナブル。インテリアも吟味されていて落ち着いた和洋折衷。ギャラリーもかねていて趣味の教室の作品が並べられていた。写真は前菜であじさいの花があしらってあり見た目に季節感も味わえる。肝心のお蕎麦を食欲が頭を占領してしまったのか撮るのをすっかり忘れてしまっていた。蕎麦打ちは店主が丁寧に作る。
そば処 くろむぎ さいたま市見沼区島町1112-4 048-687-9696
2005.06.18
パソコンとの付き合い方Ⅱ
普段はどうということのないのに突然調子が悪くなってしまう時がある。しかも、納期間近で! 日頃バックアップをマメにしないと当りようのない絶望の底へ・・・・・。原因を探ってもワ・カ・ラ・ナ・イ時は電源を落としてしまい、気持ちをそこから外すことにしている。
暫くして気持ちを切り換えてから現場に戻り、あらためて起動する。それでも現象が変わらないようなのであれば、そのまま放置。すると突然修復したりする。何もしていないのに。ウィルスチェックが自動更新されると現状のハードではもう体力不足なのかもしれない。
最近、XPばかりにかまっていたから妬いていたのかも。そんな馬鹿な、とお思いでしょうが、マックの時は本当にそういうことがありましたです。ま、もともとそういう性質のものだったのかもしれないですが。
2005.06.17
パソコンとの付き合い方
あえてカテゴリーを「パソコン・インターネット」にしなかったのは、それぞれの環境もOSも機種も違うだろうから。写植という言葉を知っている人は多くないと思う。印刷の版下には欠かせなかったがそれに台頭してマックがDTP(DeskTopPublishing)としてデジタル化した。印刷の業界では今でもマックはダントツである。私が使っていた頃のOSはKT(漢字トーク)で手の方の作業が早いとすぐにフリーズしてダウンの爆弾マークが出たものだ。それから随分と辛抱強い性格にならされたといってもいい。A5の横幅くらいのインタフェースの時代。今やインテリアとして高値がついているそう。仕事にはならなかったけれど。
2005.06.15
梅雨日
今日は上京していた。東京も雨。梅雨宣言したら夏日が連日続き、今日はやっと梅雨らしい天気だった。ザァザー降りでもなくシトシトと夕方まで。夜はパラパラ。そして帰路は止んでいた。街灯に雨に濡れた街路樹がキラキラと輝いていた。
2005.06.14
2005.06.12
夏日
昨日、入梅と書いたら今日は夏日だった。しかも30℃。それでも15時過ぎに外に出るとなんだか、雨降り前の独特の湿り気が。ムシムシしていて散歩で久しぶりに汗をかいてしまった。最近お気に入りのブログに訪問すると体調不調のためお休みの記事が。。。目に付き始めた。首や肩や腰を回してストレッチ。お風呂に入ってビールをゴクリ、これが一番の癒しでしょう。
これは花なの? 珍しい植物を見つけた。竹細工のような形。早速調べてみようっと。
2005.06.11
2005.06.10
2005.06.05
何もしない日
仕事でもパソコンに向っている時間が長いと、ついついダラダラと切れ目なく四角四面と向かい合ってしまう。この間、パソコンがクラッシュしてしまい、修理に出している間の何と気軽で優雅だったことか、とニコニコの表情で語った人がいた。
「ウン。私もその気分を味わおう、の週に一度はパソコンの電源は入れないで置こう」と思っていたのだが、事情があって、秋までは一日一度は立ち上げないわけにはいかないのだーー;
反面、その御蔭で散歩の機会は増え、花々の名前を知ることが出来、地理に明るくなった。そして、歌心も豊になった。気持ちが楽しければパソコンは素敵なツールであり、生活の一部になりつつある。
2005.06.04
梅雨
梅の熟するころの雨のため梅雨と呼ばれる。カビの生じやすい気候のために菌雨(ばいう)とも呼ぶ。古くは日本では五月雨と呼ばれ、江戸時代になって梅雨と呼ばれるようになった。(歳時記)
この辺りではまだ紫陽花が咲いていない。入梅とともに咲き初めるのだろうね。
2005.05.31
2005.05.30
2005.05.26
買い物
昨日は家電販店へ姪の買い物に付き合った。彼女は今秋にドイツへ行く。そのためにパソコンやらデジカメやらMP3やらを手に入れたい。なかなか、私より店員のアドバイスを聴くのに長けている。「もし、あなただったらどれを買います?」の逆質問。お勉強になりました。結局、予算内で目的の物をゲット。「どうしよう。。。」と迷う時に私の顔を窺うのは何で? それだけが疑問でありました。
たまに、ああいう店に行くといろいろ面白く、また、驚かされる。楽しむためのツールが安価で大量に出回っている。人出が多いと景気も良いのか、と安心するのだ。
2005.05.23
何があっても・ありがとう
人間は一時の感情に支配され左右されやすい生きもの。心だけでもないし、体だけでもない。心と体で一つなのでもない。それじゃ何なん? 最近、そんなことをツラツラと思い巡らせております。それでも、ここまで生きてこれたのは感謝以外なにがあるのだろう。どんなに辛くってしんどい時でも「有り難い」って素直に感じることが出来たなら「あぁ、面白かった」の気持ちで人生まっとうしたいなぁ。
2005.05.18
当たり前
当たり前でないことが当たり前になると、当たり前でないからそうなるのが当たり前なのに、頭は分析にあれこれと忙しい。何が原因か・どうしてそうなったのか・・・だが、いくら詮索したところで、相手には何もない。自分の中での葛藤でしかない。つっついた分だけつっつたかれるのがオチ。心の裡は違っているようでも同じ思いなのだから、口に出したほうが分りやすい。案外と拍子抜けしたりする。独り善がりとはこのことか。あーしんど。
2005.05.14
埼玉県NPOオフィスプラザ
今日は宮原にある「埼玉県NPOオフィスプラザ」へ。障害者在宅事業のNPO法人「障害者在宅事業グループ」である。昨日までの納期仕事を午前中に終えて、車で有志6人と出掛けた。何とわかりにくい場所にあるのか。それでも車で30分ほどのところ。いろいろ有意義なお話を聞くことが出来た。実に親切にお教えくださった。詳しくはまた、この誌面にでも書きます。
2005.05.12
当らない天気予報
今日はブラウスでもOKです・・・の昨夜の天気予報。今日になってみればしまいかけたコートを取り出し。春~初夏の天気は気紛れだ。雪が降ったところもあり。それでもずいぶんと暖かくなった昨今。これは黄砂の仕業の噂も飛び交う。気象庁は曖昧な表現は出来ないことになっており、お役人とは何か理由付けがなければならないよう。
2005.05.08
蕎麦屋 木の小屋
そこの蕎麦屋さんはパス停前にあった。柴犬と雑種の犬二匹を飼っていて、柴犬の方はかまうと本当に噛み付くらしい。それでも可愛い顔をしている。裏の庭でも食事できるようなテラスがあり、キノコの菌床?のような函が並んでいた。庭の下は小川で魚釣りをしている人がいた。出て来る野菜の煮付けはどれも新鮮で、採り立ての筍のお刺身なども今の旬。入り口のところ筍を薪で焚いて釜茹でをしていた。
店内は山小屋風でちょっとしたステージになるようなスペースもあり、ピアノの上には雑多なものが積まれていた。ミュージシャンが「ピアノは物を載せたらダメだよ。」の注意も「ピアノじゃなくて棚だと思ってるから。」の豪放磊落さ。それでもプロのピアニストが弾くとちゃんと調律してあった。「当たり前よ、お金かかってんだから。」何とも明るい。
2005.05.06
2005.05.05
2005.04.28
2005.04.23
パソコン教室
今日は高校のパソコン教室へ見学と指導とまではいかないけれどアドバイスをしてきた。最新OSでハードもモニターも真新しい。ちょうどワープロ検定を受ける生徒さんたちがいて、黙々と練習をしていた。ネットは外部のアクセスを拒否するように設定されているため、閲覧したいのは検索サイトから。一晩開けると自動的に消去するらしい。学校で閲覧したURLのログは全て教育委員会のセンターへ送られるらしい。それにしてもいい天気だった。茨城県と群馬県と埼玉県が道一つで県境となる町だった。
2005.04.22
永遠の女性
なかなか人間同士は心を打ち解けるに時間がかかる。長年連れ添った夫婦であっても。だが、一度、心の扉を開けると堰を切ったように語りだす。会話はやりとりで成り立つものだ。心の裡を開かすには「聞き上手になることなんだ」と最近思う。饒舌な人は自分のパフォーマンスに長けている。長けている分、相手の言葉をはしょって聞いてしまう場合がある。「この人は何をいいたいのだろう。」身近な存在であればあるほど、それはますますの謎となる。こちらの問いかけにだけ答えてくれる対象なのだ。ゲーテはそれを「永遠の女性」と表現した。
写真は雲間草。
2005.04.21
交通トラヴル
今日は夕方から大宮に出る用事があったので、上りの電車を待っていると、ポイント故障で大幅の遅れとのアナウンス。待っていた電車からの事故である。それでも30分くらいのロス。大宮から今度は下りの電車は、東海道線で事故のため、ダイヤの乱れとか。そのために、すごい混雑で、体力に自信がなかったために二つ見送った。さて、快速を待っていたら見送った電車が「人身事故のため大宮で宇都宮線はストップします」のアナウンス。それで帰宅は日付変更時刻となった。一応、日記として昨日付けのアップとします。あ~疲れた。
2005.04.20
私に出来ること
私のコンセプトは「私に出来ることなら喜んで」である。このフレーズを少し掘り下げて考えてみた。
出来ることと出来ないこと、この二極に分かれる。「出来ないことは喜んでしない」という意味にもとれる。フム。
やればやるほどに出来ないことを無理してすれば、どこかに歪が出て来る。では「出来ても出来なくても喜んで」にしたらどうか。それなら、出来ないことはないのだから「私に出来ることなら喜んで」でいいわけ? 話がこんがらがって来た。人生は不測の事態というのに合う。明日の生命も自分でどうすることも出来ない。そんな非力でちっぽけな私でも出来ることがある。そういうことだよね。
2005.04.15
2005.04.13
蕗
これって「蕗のとう」? 写真やらで見たことはあるのだけれど、実際に見たことはない。友人宅で「ふきをいっぱいもらったから煮てみたの」の試食。今まで食したことのない味付け。「隠し味はねマヨネーズ。」食感が新鮮で風味もなかなか。
2005.04.11
貧乏訓
昨日はネット販売のことで関係者が集まりやすい東京で打ち合わせした。新しい事業を起すとなるとやはり資金力の問題になってくる。資本主義社会はすべてそれから始まり、それに終る。プラスにならなければ失敗と言われ、資金繰りとやらに頭を痛める。その法則から離れて、ちょっと別な方法があったとしても不思議ではない。それはボランティアに見られる完全奉仕型でもなく、善意に負んぶすることでもない。無いから工夫する。あれば何も苦労はしない。ある人は苦労してまでもそのようなことはしない。無いことが有意義なのである。
2005.04.09
2005.04.08
2005.04.03
2005.03.30
春が来た×2♪
昨日とうって変わって今日は良い天気。空には絵に画いたような白い雲がポカリと浮いている。団地の周辺には辛夷と木蓮がどちらがどう違うのか分らぬままに競う合うように咲いている。そういえば昨日は猫の恋歌で起されてしまった。既に春。それでも朝晩は寒いですね。
木蓮の花計りばかりなる空を瞻る 夏目漱石
もくれんのはな はかりばかりなる そらをみる なつめそうせき
2005.03.28
2005.03.25
2005.03.21
2005.03.18
土竜・・・もぐら
句会で「啓蟄」の季語が出てきたが、本当にそんな感じがする。人間も鈍った体を動かすようにモゾモゾと家から外へ出掛ける。散歩コースにある公園にボコボコと縦横に盛り土。これはもぐらの仕業か。平地だけかと思っていたら、小高く盛り上がった丘の斜面にも。断面で切って見たモグラ塚の様子が判って面白いでしょうね。
芝を作っている造園業の人たちが商品を台無しにされると嘆いていたが、モグラ君は土を耕してくれるお役目も。場所を選んで出没するわけにもいかず・・・。モグラや虫に罪はありませんね。
2005.03.12
人寄せ○○○
今日は春の陽気の予報だったが、暖房を切ることはなかった。明日は日曜日だが仕事で上京する。休みの曜日の時は交通が空いてて緊張せずに済む。暖かいと楽だね。
最近訪問者の数が増えている。有り難いことなのだが、アクセス解析を見ると「オオイヌノフグリ」が検索ワードのトップ。季節柄でしょうか。人寄せフグリ?
2005.03.10
¥5の電話代
去年の12月よりIP電話にした。IP電話同士(同じプロバイダもしくは提携プロバイダ)なら050局の電話で何時間通話しようと無料。NTTの基本料金の回線使用料が加入電話で50円↓。プッシュ回線付加機能使用料が390円↓。もし、請求書を郵送でなくインターネットで@ビリング申し込めば、またまた100円↓。その他「イチリッツ」というサービスも開始ということで、それで定額料無料の県内通話が一律という。私はマイラインをKDDIと契約していて、先月は¥5の自動引き落とし案内が葉書で来た。これでは電話会社はマイナス。でもユーザーはウハウハです。今や携帯電話は誰でも所有しているので、コストがかかる架設電話は影が薄くなってきていますね。
2005.03.09
2005.03.04
春の雪
春の雪は牡丹雪。水っぽくって積もらない。この雪のこと「のこり雪」って予報では言っていました。豪雪の中越地方の方々・・・おかわいそうですね。ボランティアへ行っても雪に埋もれて返ってご迷惑かと。雪下ろしって体力も経験もなければ出来ないようです。僅かばかりの義援金をお送りするくらいで何も私に出来ることがありません。ごめんなさい。
2005.02.25
2005.02.23
2005.02.17
2005.02.16
2005.02.14
ジフ・チョコをどうぞ

日ごろお世話になっている、あの方・あの方・あの方・・・・お会いして差し上げれない方にはジフ・チョコを進呈いたします。食べることは出来ませんので悪しからず。
note: 更新すると再度動きます。
2005.02.10
春よ来い
インフルエンザが流行っているという。身近な人もかかってしまったが、私には幸いうつっていないと思う。ただ、体がだるい傾向はある。ちょっとの外出も「かったるいなぁー。」の気持ち。そんなに厚塗りの壁を塗るわけではないのだが、これは身支度とかがどうも時間がかかっていけない。去年の十一月にインフルエンザではなかったが風邪をこじらせて喘息になってしまったから、その抗体が出来たのかもしれない。厳寒が続く中、訃報も耳にすることが多くなった。早く春が来て欲しーい♪
2005.02.08
お得意様
今日、在宅で仕事をするようになってからは、営業でまわることもなく、音信が途絶えいたが旧くからのお得意様から電話があった。「二月は結構忙しいくて・・・。」「俳句ですか?」ムム、ブログを観てくださっているのか。変に照れくさい。「野暮用が重なりまして。」文字の入力のお願いだった。「私は動けないので他の人に当たってみます。」
それから何軒か電話をする。久しぶりの電話だったのでその話より脇道にそれがちに。それでもあたりをつけて直接交渉してもらうことにした。結局納期が折り合えず中止されたようだ。お力にはなれなかったけれど、懐かしくも思い、忘れずに連絡をしてくださったのを感謝している。
2005.02.04
2005.01.30
東京タワーと畦道
今日スーパーに行くとバレンタインのチョコレートの特売コーナーが設けられていた。私が東京で事務所を持っていた頃は駅の構内からM製菓の社屋が続いており、ロータリーで特設会場を開いていた。OLや学生やらでずいぶんと賑わっていたっけ。
そういえば、事務所の窓からはK大学のキャンバスが見下ろせて、四月の桜のそれは見事なものだった。秋には黄金の銀杏。明治からの歴史ある学び舎に四季折々の枝葉の影を落としていた。近くには増上寺と芝公園。そして通りの正面は東京タワー。今はまったく視界の違う360度田畑の畦道を歩きながら思い出していた。
2005.01.28
Oh! My God
今日は「仏の座」という小さな小さな花を見つけた。早速デジカメで撮ろうとしたところ、前にノートPCにスマートメディアを外付けの中に入れたままなのをすっかり忘れてしまっていた。そこで出直すことにした。ところが電池の残量がNG。そういう日ってありますよね。最近は日の暮れるのも多少延びたので、電池を補充。ところが、友人が東京に出てきているとの電話。戻ってきて途中の大宮で会うことにした。その合間をぬって撮った接写の写真はピンボケ。「こりゃダメだ」でした。^ ^;
2005.01.25
2005.01.20
梅が・・・
←梅です! ポツポツとほころんでおりました。^ ^
蕾から花片がほころんだばかり。まだ皺になっていますね。
暦では大寒だけれど、散歩に出掛けて暫くすると防寒着が暑くなるような気候。何にもまして空が蒼く白い雲も程よく棚引いていて気持ち良い。いつもの散歩道をどっちへ歩こうかと思案はしたが、花のある場所は既にインプットされている。だが、このデータもあてにはならない。銀座の柳も若葉のままに春を迎えているらしい。この現象はここ何年も続いているとか。
散歩はプラリプラリと足の向くままに小一時間程度の運動が適当かと思う。一秒に二歩のテンポで歩けば健康に良いとは聞いたが、マイペースなのが負担にならなくていい。何でも課してしまうと面白みがなくなって味気ない。軽快に足が運べる時は調子を変えるよう工夫をしている。散歩以外の目的ありで春を待っているのは草木だけではない。「これは何、あれは何…」と指差すほどの花しか地べたに貼りついてはいないが、名前を呼べる今が嬉しいことではある。
梅の花 蝶にさきがけ 羽化をする 歌寿人
2005.01.09
二十歳
今日は風きつく、震える。
明日は成人式なんですね。?十年前にその年を迎えたが、公民館などの儀式には参列しなかった。今思えば、出席した方が記念にはなったかな、とちょっと後悔もするが、明日になれば忘れてしまう。二十歳過ぎれば、色んなことが解禁に=飲酒・喫煙・選挙権等。飲酒と喫煙は二十歳で卒業なんていう人もいて、選挙権が一番の大きな意味を持つ。“清き一票”が国政を変えるくらいの力があるが、選挙権は行使してこそ発揮できるものだ。
2005.01.08
春日静座
夏目漱石の昨日の漢詩には続きがある。この漢詩は“春日静座”の一節。昨日の漢詩の後にすぐ続く。
昨日のは「画」になる句を、今日のは「画」にできない情を詠ったとある。
独坐無隻語・どくざせきごなく
方寸認微光・ほうすんびこうをみとむ
人間徒多事・にんげんいたずらにたじ
此境孰可忘・このきょうたれかわするべけん
会得一日静・たまたまいちにちのせいをえて
正知百年忙・ひゃくねんのぼうをしる
遐懐寄何処・かかいいずこにかよせん
緬邈白雲郷・めんばくはくうんのきょう
この静かな世界に独り黙然として座っていると、
心の奥底にかすかな光明が感じられる。
思えば人の世はあまりに多事煩雑であるが、
この閑静な境地もまた忘れ難い。
たまたま一日の静安を得て、
人生がいかに多忙であるかを知った。
このはるかな思いをどこに寄せたらよいであろうか、
ただ悠久な大空のみがそれにふさわしい。
2005.01.07
春たけなわの前
今日は天気が良いので散歩に出掛けた。
一週間経とうとしているのに、残雪がところどころ、日陰の場所に汚れ固まっていた。公園に行くと花の影はどこにもない。惨めに萎れてしまった冬薔薇。彩るのはパンジー。それも顔をうなだれてしまっている。
住宅の路地を進み歩いていくと遠目でも大きな橙がたわわに生っているのが見えた。家垣から「はい、どうぞ」と言わんばかりに、丁度行き交う人の鼻面に迫り出していた。枯れ土に頑固に這った雪間から若葉が生え伸びて、をちこちに春の気配が徘徊しているようだった。
漱石の漢詩
青春二三月・せいしゅんにさんかげつ。
愁随芳草長・うれいはほうそうにしたがってながし。
閑花落空庭・かんかくうていにおち。
素琴横虚堂・そきんきょどうによこたう。
蠨蛸掛不動・しょうしょうかかりてうごかず。
篆煙繞竹梁・てんえんちくりょうをめぐる。
春たけなわのころ、
若草の伸びるにつれて我愁(うれ)いも深まる。
花は音もなくひっそりとした庭に散り、
琴は人影のない部屋に横たわる。
蜘蛛は巣にこもって動かず、
篆書のような形に立ち上る香煙が、ひさしのあたりにたゆたっている。
2005.01.04
春の海…
三が日も流光のごとく。こんな小難しく言わなくても「アッという間だった」と言えばシンプル。だが、これでは歌にはならない。最近句を作るようになって、言葉の表現というものを考えるようになり、古語辞典まで持ち出しての句作(苦作?)。
のびのびとした句はシンプルで情景が浮かび上がる。多くの歌や本を読んで、最終的にその言葉がスラと出てくるのだろうとも思う。うまく作ろうとするとやはり無理がある。自分の心を十七文字の中に言い表せるのは、一生に一度出来たらラッキー。大きな宇宙の中の微々一点である私。
春の海ひねもすのたりのたりかな 与謝蕪村
傑作だと思ったのがBLOG句会で姫蔓蕎麦の草花を詠んでの連歌
つぶつぶのひとつひとつがひとつぶだよね 姫蔓蕎麦の 種あかしかな 古式豊
2004.12.22
MerryXmas and HappyNewYear
私の持っているクリスマスソングCDの最初の曲がコレ。
ジョン・レノンとオノヨーコのクリスマスソング
Happy Xmas (War is Over)
So this is Xmas さあ今日はクリスマス
And what have you done?
あなたは今年どんなことをしてきた?
Another your over また一年が終って
And a new one just begun 新しい年が始まる
And So this is Xmas 今日はクリスマス
I hope you have fun 楽しんでちょうだい
The near and the dear one 近くにいる人 愛しい人
The old and the young 老いた人 若い人
War is over! 戦争は終った!
If you want it あなたがそう望めば
War is over! 戦争は終る!
Now! 今!
2004.12.18
マツボックリって松毬
今日はお天気もよく、そんなに寒くなかったので、散歩に出掛けた。いつもの散歩道はすっかり花の景色は消えて、元気よく咲いているのはパンジーと山茶花、冬薔薇、それと寒木瓜。とくに唐椿といわれる花垣は満開に咲き誇っていた。この椿は花びらが一枚ずつ落ちる。松の枯葉と松毬がその落ち花の上に重なるように地面を覆っていた。これはこれで味わいがあるように思えてワンショット。ヒヨドリが鋭く鳴いて驚いた。近くの竹林を闊歩ならぬ闊飛しているようで、ザワザワと竹の葉が揺れていた。
2004.12.13
With You さいたま
埼玉県は都市開発が進んでいて、大宮より一つ東京よりの「さいたま新都心」駅前に、大手企業ビル、スタジアム、最近できた“COCOON”などの商業ビルが、いくつも建っている。東京タワーより高いタワーを今度建築予定だとか。
今日は「シニア情報生活アドバイザーさいたま会」が、埼玉県男女共同参画推進センター“With You さいたま”のセミナー室で第一回の会合が催された。ホテルの3、4Fになっており公共施設で真新しく、設備も最新だ。埼玉県人でなくても使用可能なので、附属設備もいろいろ整っていて、施設利用料金も定員人数(24人, 13:00~17:00, \2,520)からしたらお安いと思う。
2004.11.29
今日も晴天
朝晩は冷えるが、最近日中は暖かい。その分過ごしやすい。我が家の団地の花垣は唐椿と言われる椿だ。開きかけの様子はまるで薔薇の花のよう。緑の葉の間に紅色の花が点々とあると足を止めて見とれてしまう。人間は自分が望まなければ与えられたその環境の中で満ち足りているものだ。自分が何かを求めない限り、大きな懐の中で幸せに生きられる。花や木や鳥を観ているとそのように想うのだ。彼等はけっして文句もなければ満足もなかろう。それでも精一杯生きているのではないの。やはり季節柄、愁思するのかな。でも、もう秋は行ってしまった。朱色の柿の実が青い空に鮮やかだった。
2004.11.28
LOGつれづれ
毎日、何を書こうか、よく書くことがあるね、って。人に言われなくても自分でもそう思う。姉まで引きずり込んでの頼母子稿。白老通信はお陰様で好評です。コメントありがとうございます。
ある日、何にも思い浮かぶことがなくて、自分が喘息になって吸引器を医者から渡されたのだが、面白い形だったのでモブログしてしまった。この人暇なんだねって思われてるだろうなと、結構、野暮用であたふたと毎日を過ごしている中、どうでもいいことを考えたりする。そういうことを考えていること自体がやっぱ、暇なのか、それでも、毎日続くことは力だ。何かが見えて来そうだ。句会も毎日365句、作ったら、それだけでも内容はともかくも、すばらしいことではないか。私は私に発破をかけている。
2004.11.27
ホームぺージの刷新
我、studio-heartyのメインページを刷新しようと思っている。今回は全部フラッシュを使って、おしゃれに仕上げようかなと。企画中だ。北海道までADSLが行き渡ったようなので、一応は対応できるのではないかな、と思っている。
フラッシュというのはマクロメディア社の動画ソフトである。写真やビデオを組み合わせて、動きと音を取り入れる。
ブラウザによってHTMLの言語は見た目にかなり違って来る。印象が異なると限られた仕様しか出来ない。だが、あまり複雑なのもいただけないような気がする。技術に酔うのも心情的に好きでない。
小さなサイズで256色くらいのグレードならジフ・アニメーションも作れる。幣ブログでコーヒーやワイン、私の似顔絵を動かしているのはジフ・アニメである。10kまでなら私の携帯には待受けに入れられる。けっこう遊べて面白い。
2004.11.23
XPノート
今日は懸案だったノートパソコンを買いに出掛けた。何回も何回も量販店を転々として、ようやく合点のいく製品に出会った。こういうのもご縁なんだろうと思う。人だって物だってご縁はつきもの。
ノートは使ったことがない。仕事としてパソコンに携わって十数年が経つが、初めて使用する。ワクドキとするが、新しいのは馴染むまでが時間がかかる。いくらいい器を持っていても使いこなさなければただの箱だ。
次の日曜日に届くことになった。
*****
昨日の日記の明治大学交響団OB会ホームページのアドレスが間違っていたようです。
申し訳御座いません。修正いたしましたので、よろしくお願い申上げます。
管理人拝
2004.11.15
2004.10.16
新型!公衆電話
東京大学駒場のセミナー会場の受付にあった公衆電話。このようなタイプの公衆電話は見たことがありませんでした。記念に一枚撮りました。受付では事務局の男性が外来者の外国人の方となにやら英語で会話をしておりました。本機の白い部分は窓からの採光により光っています。
2004.10.06
2004.10.01
相思華
近所の公園で彼岸花を撮りました。
~ 花のあとで葉が伸びてくるが、冬と春を越して夏近くなると全く消えてしまう。花と葉を同時に見ることはできない。葉のあるときには花はなく、花のときには葉がない。このことから韓国では「サンチョ(相思華)」と呼ぶ。「花は葉を思い、葉は花を思う」という意味から。 (インターネットから引用) ~
2004.09.06
やんごとなき。。。
自然の色を夢の手前までぼかして、有りのままの宇宙を一段、霞の国へ押し流す。(草枕)
小説の中で幻を見た主人公。漱石のように詩的な表現はおぼつかないが、このように画かれると、くすぐったい心地良さ。夢か現(うつつ)か、イメージだけがブログの中で一人歩きするかもしれない。
2004.09.02
オンリーワン理念名刺
プロフィールの写真が友人の愛犬なのは、おばさんの写真を載せても読者が増えるわけではないし、葵の印籠にもならない。そろそろ幣ブログのテーマに沿った内容に充実しようと、私の写真に変えようと思っていた。
自分のポートレートというのは撮り難い。だが、他人に頼むのも自我意識が邪魔をする。タイマーを使って自らを被写体に。普段はスッピンなのだが、明るめの服を着て化粧をしてパチリ。
夏ばてなのかこれが正体なのか、なんだかやつれて作り笑顔も引きつり気味。贔屓目に見ても「お疲れのよう。」大きくファイルが画面に出てくると、思わず「閉じる」にしたい。有りの侭って厳しい。
「まぁ、こんなもんでしょ。」の数少ないましなファイルを友人に送信。彼は写真から似顔絵を画いて(イラストレータに発注)自己紹介の「オンリーワン理念」を言葉にする。それを名刺にする仕事をしている。
友:「写真もらったよ。夏ばての幽霊みたいだね。」
私:「正直なご感想ありがとう。何とか修正してみてね。」
友:「これがね、プリントすると、あらま、若くなってやんごとなきお方の風情。」
私:「ARISUGAWAを名乗ろうかなぁ。パソコンを画き添えてね。」
この名刺を見ただけでその人とナリ、考え方が一目瞭然。しかも、色目を飛ばし容量を落として動画にすれば、私の携帯は待ち受け画面に貼れるのだ。(上記の友人のブログ、プロフィール参照)名刺は物を言わぬが、見えない心の中で幅を利かすのである。
2004.08.24
屁をいくつ、ひった、ひった
漱石の「草枕」に維新後の現代文明の喧騒に対して主人公の絵描きが語っているくだりがあった。面白いのでご紹介します。
世の中はしつこい。毒々しい。こせこせした、その上ずうずうしい。いやな奴で埋まっている。元来何しに世の中へ面を曝しているんだか。解しかねる奴さえいる。しかもそんな面に限って大きいものだ。
浮世の風にあたる面積の多いのを以て、さも名誉の如く心得ている。そうして人の前へ出て来て、御前は屁をいくつ、ひった、いくつ、ひったと頼みもせぬ事を数える。前へ出て云うなら、それも参考にして、やらんでもないが、後の方から、御前は云う。
分ったと云っても、屁をいくつ、ひった、ひったと云う。そうしてそれが処世の方針だと云う。方針は人々勝手である。只ひったひったと云わずに黙って方針を立てるがいい。
人の邪魔になる方針は差し控えるのが礼儀だ。邪魔にならなければ方針が立たぬと云うなら、こっちも屁をひるのを以て、こっちの方針とするばかりだ。そうなったら日本も運の尽きだろう。
漱石の生きた明治時代にあってもこのような開花の憂さは横行していたのですね。
――文明は個人に自由を与えて虎の如くに猛からしめたる後、これを檻穽(かんせい)の内に投げ込んで、天下の平和を維持しつつある。この平和は真の平和ではない。動物園の虎が見物人を睨めて、寝転んでいると同様な平和である。檻の鉄棒が一本でも抜けたら――
地球温暖化、原水爆、戦争、飢餓、「ひった、ひった」は、挙げたら切りがない。鉄棒の一本を境に平和、平和と謳っているようなものでしょうか。
2004.07.30
未知との遭遇
ココログ初心者のためか、もう一つ、(@_@)状態。ブログを多く人に汎用してもらうには、プレゼンテーションのテーマに使おうと思っているので、自身がよく分かっていないと説明が出来ない。
他の人のココログを見ると、ヘッダーに写真やイラストを貼り付けている。かなりカスタマイズできそうなのだが。これなら、ホームページは必要ないのではないのか、って思ってしまう。
ただ、スクリプトとかは使えないから複雑なことは出来ない。もっとも、そのためのブログである。情報交換システムとしては、個人的なホームページにとって、公開性が高いように思われるし、タグとかの知識もあまりなくても簡単に出来るから、パソコン・アレルギー体質でも受け容れやすい。
レイアウトは今回で3回変更。まぁ、いろいろ試行錯誤期間ということで、遊んじゃってます。

















隣町の路地裏に「和ちゃんのお店」があった。面白いので携帯ショット。
黒色の合繊でもこれがこの値段! 一冬の寿命かもしれないが、防寒のお役目果たしてくれそう。思うに指の長さから子供用かもしれない。指周りのステッチや手の甲の花刺繍が可愛い♪
これは「お疲れ様」旧タイプ
JR大輪踏み切り
浜松町の東京行きのプラットホームに謎の螺旋階段がある。上を見上げるとなにか電機盤のようなパネル。その写真をモブログしたのですが、なぜか保存されておらず、ますます謎めいています。
北コース(photo05_jan.)~東コース(photo04_dec.)



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